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2週間ほどあきましたが、


あの車が止まってしまった後日さらに大変なことが・・・・。


というのはですね、


これ何やと思いますか


DSC_0015.jpg


分からんでしょう。


ちょっと気持ちわるいですが・・・。


僕の頭です。


DSC_0017.jpg


ブログっぽく書くと長くなるのでサッといきます(笑)


車を修理する間、代車(はこばん)を乗ってましたが、


サンリバーで出荷物を出して、後ろの扉?ドア?を閉めようと、


勢いよく下に振り下ろしたところ、


ドアのかどで自分の頭を叩く格好になってしまいこんなことに。^^;;


短く書くとこんな感じです。


実際そっからのことなど聞きたい方はまた会った時に聞いてください。(へへっ


とりあえず、


今はちょっと痕が残っていますが、ホッチキスのハリはないので大丈夫。


それでは今日のメルマガ紹介ですが、


頭で思いだした”ゆで卵”でいきます。


なんでゆで卵かは。


お寺での生活中、よくカミソリで頭を剃っていましたが。


剃った直後の頭を触った感じが”ゆで卵”みたいなんです。(*゜▽゜)*。_。)ウン


ではいきます。




[ゆで卵が好きな理由]

ゆうです

おはようございます♪

いつも読んで頂きありがとうございます☆



今日も絶好調にワクワクさまです♪

行きます!

~~~

板東英二さん。

ゆで卵が大好きなのは有名ですが、それには理由があったのです。。。


~~~



「ひもじい思いさせて、すまなかったねえ。ごめんね」

それが母の口癖だった。



母は、満州から五歳の僕をおぶって、ひたすら日本を目指した。


ゆで卵が、好きなのには理由(わけ)がある。

僕、板東英二にとって卵は特別な食べ物。


満州からひきあげてくる五歳の僕を救ってくれたのは、卵と、母の愛だった。


なんとしても生きる。なんとしても日本に帰る。


母があの想像を超える寒さの中、僕をおぶって日本を目指さなかったら、

もちろん今、僕はここにいない。


満州で生まれ、五歳のとき敗戦を迎えた。


たった一夜で、全てが変わる。

いきなり襲われる。

突然、追われる。


そのころの記憶はほとんどないけれど、

何かが変わってしまったという非常事態は、肌で覚えている。


逃げた。


父は戦地にいたので、母は子供四人を連れ、逃げた。


いちばん末っ子の僕を背負って、山を越え、涙も凍る平原を進んだ。


夜、母は僕を木の上に縛り付けた。


地面は凍っていて、子供はあっという間に凍死してしまう。


だから母は木をよじのぼり、僕を過酷な現実という大地から守ってくれた。



結局、僕たちが博多にたどりついたのは、満州を出てから一年半後。


全員、栄養失調で立つことができず最後は、這うようにして日本の地に着いたらしい。


ほんの数回手に入った卵が、僕たちの命を救ってくれた。



うつろう不安をぶつけたとき、母は言った。


「どんなときも、お天道様は必ず観てるから」



僕、板東英二にとって母の存在は、特別だ。


満州から五歳の僕をおぶって、ひたすら日本を目指した。


無蓋列車。

囲いのない列車の荷台の上のたくさんの乗客。


振り落とされないように、子供を真ん中に置き、それを母親たちがとり囲む。


列車の揺れ、母のぬくもり。


自分が何から逃れ、何処へ行こうとしているのか。


思えば、七十を過ぎてもなお、忙しく働いていないと不安になる性分は、

あの五歳の体験に根ざしているのかもしれない。


この世は一瞬で変わる。


昨日まであったかいスープを飲んでいた自分が、今日は囲いのない列車に揺られ飢えている。


ただひとつ変わらないものがあるとするなら、

それは、

母の思い。



母は亡くなる寸前まで、「ちゃんと食べてる?」と僕を気遣った。


「ひもじい思いさせて、すまなかったねえ。ごめんね」


それが口癖だった。


一生懸命、働いてくれた。


愚痴ひとつこぼさずに、僕たちきょうだいを育て上げてくれた。


「大学、いかしてあげるからね」


そんなふうに言ってくれたけれど、僕はプロ野球の道にすすんだ。


僕がどんなに稼いでも、母の口癖は変わらない。

「ちゃんと、食べてる?」


僕、板東英二は思う。


この世は、なんて理不尽で不条理なのかと。


明日、今、この瞬間に何が起こるかわからない。


どんなに努力しても、それが報われるか保障はない。


満州で敗戦を迎えたこと、

野球という世界に身をおいたこと、

それらが僕に世界のしくみを教えた。


うつろう不安をぶつけたとき、母は言った。


「どんなときも、お天道様は必ず観てるから」


母は、僕が結婚しても家に来ようとしなかった。


理由はただひとつ。

英二にひもじい思いをさせたから。


そんなことはないのに、それが母の中のケジメだった。


甲子園、プロ野球。

勝負の世界で戦う僕に、母はお守りをくれた。


あるとき、そのお守りをあけると、中に、大豆の豆が三粒。


母ちゃん、どれだけ食べること気にしとるんや。


実家に帰れば、オコワとゆで卵。


母ちゃん、大丈夫、もうちゃんと食べてるから。


亡くなる三日前に、母に会った。


「英二、氷が食べたい」


口の中に、氷を入れてあげた。


うれしそうに、母は微笑んだ。


それが最期だった。


我慢して我慢して、最後に氷を美味しそうに食べて母は逝った。


母ちゃん、ありがとうね。


英二は、なんとか食べてるよ。


いまは、ゆで卵を好きなだけ食べてるよ。



母ちゃんへ

ほんとに、長い人生になりました。

もう少し頑張ったら、母ちゃんが死んだ、その日に追いつきそうです。


でも今は、自分でおいしいもんがちゃんと食べれます。


ありがとう、と言いたい時に母ちゃんいないけど、

でも、またお墓の前に行って、

ありがとうと言います。


ほんとに、僕にとっては、母ちゃんが本当に誇りとして、

そして英二の宝物として、

今でも大事にしとります。



ほんとに母ちゃん、ありがとう。


~~~

出典

東京FM
ゆうちょ銀行letter for links

より


・・・━━━☆・
今日の1歩
・・・━━━☆・

感動です(ToT)


心に響きました。


親の愛は無償ですね。

ただ、ただ 子供のことを想う愛。


感謝します

ありがとうございます☆




深いい~ですね。


そんな事実があったとは思いもしませんでした。


一つの食べ物でもその人それぞれで捉え方や想い出や係わり方など全然違いますね。


自分が思い出深い食べ物といえば、


かにカマ!


小学生の時、


母が兄弟3人のお弁当に入れてて、


3人とも見事に食中毒に・・・・・。(°◇°;)


食べ物に対しての思いや思い出も千差万別面白いですね。


今回ちょっと長くなりました。


んであ、またあ^^ノ



      
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コメント
この記事へのコメント
怪我大丈夫ですか?
いちど中村で会いたいです!
頑張ってください。
2012/09/10(月) 07:34 | URL | アミノ酸 #-[ 編集]
お久しぶりです。^^
いつもコメントありがとうございます。<(_ _)>
そちらでの生活は慣れましたか?
怪我は今のところは大丈夫です。
後日、頭の調子が悪かったり、ガンガン傷むとかありましたらまた来てくださいって言ってましたが・・・・。
なかなか中村に来る機会もなくなってしまったと思いますが、また来る時は連絡してくださいね~^^
2012/09/10(月) 22:20 | URL | もくねん #-[ 編集]
大丈夫???
久々の更新がどえらい写真で
ビックリしました。

なかなか疲れも取れないと思いますが
気を付けてね♪
2012/09/11(火) 10:08 | URL | 前里姉 #UnDSkxnU[ 編集]
大丈夫?そうで良かったですけど痛そうですね(T_T)
きれいに真ん中ですやん(^_^;)
 
2012/09/11(火) 10:52 | URL | にっちょ #-[ 編集]
コメント
>前里姉

お気遣いありがとうございます。
自分で自分の頭を・・・・、なんてマヌケな話なんでしょう。^^;
勝手にネタができてしまうもくねん。
もくねん改め、てんねんにしましょうか。いや、ざんねんか。。(笑)

>にっちょ
真ん中とかホッチキスとかも気になりますが、髪の薄さがちょっと気になりますね(笑)
2012/09/12(水) 23:18 | URL | もくねん #-[ 編集]
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