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今日もわくわくさまです。


いつも紹介してるメルマガふうに始まってみましたが。


もくねんの日常は特に変化ナスです。


農作業はやっぱり収穫がメインですね。


小松菜、ほうれん草、ネギ、カブ、春菊、大根、チンゲン菜達です。^^


冬は病害虫も少なく、


品物がきれいですね。


なんて余裕なことを言ってますが、


けっして僕が作ったわけではないです。^^;


指示されたお手伝いをしてるだけで、


もう二ヶ月後からは自分でできるのかちょいと不安です。


では、メルマガ紹介ですけど。


いくつか前のブログでひすいさんの山田町の話の続が届いてたのでそれを紹介。




さてさて、

いま、築地でお寿司を食べてきました。


一緒に行ったのは、

昨日の山田町応援イベントのメンバー
主催の石井さん
小さなコツのタクちゃん、
そして、講演いただいた山田町のスーパーびはんの
間瀬慶蔵(33歳)さんです。


入った寿司屋はこちらで
http://www.tsukijisushisay.co.jp/store/sinkan.html


僕らは4名だったのですが
行くと偶然カウンターが4席あいていたんですね。


席に座ると、
板前さんがいきなりこう言うのです。



「実は、みなさんを朝からお待ちしておりました。4席あけて」



そんなユーモアに対しては、ユーモアで返すのが粋ってもんじゃありませんか。

ましてや
僕は天才コピーライター。
ここは出番だと
頭をフル回転させたわけです。





0.1秒後

「朝から待ってたって、ことは朝ってキーワードで何か返せないか? 
 俺は『朝にキク男』なわけで」(←ひすい心の声)
http://amazon.co.jp/o/ASIN/4763131664/nicecopy-22




0.2秒後

「朝では浮かばん! 4席ってところで返せないか?」(←ひすい心の声)



0.3秒後

ヤベ。何も浮かばねえ! (←ひすい心の声)



0.4秒後

隣にいたタクちゃんが板前さんにこう声をかけてるじゃありませんか!




「じゃあ、ネタはいつもの頼むね(^^♪」




偶然初めて入った店で、

「実は、みなさんを朝からお待ちしておりました。4席あけて」

と板前さんにいわれて、

「じゃあ、ネタはいつもの頼むね(^^♪」

と0.4秒で返したタクちゃん。


板前さんを見たら、
タクちゃんのその返しで、笑わってるし!!!!!




や、や、られた。




ひすいこたろうVS野澤卓夫


天才コピーライター、
小さなコツに敗れた瞬間でした。
http://amazon.co.jp/o/ASIN/4761267674/nicecopy-22





さてさて
今日は、


間瀬慶蔵さんから聞いた東日本大震災、
被災直後の話をお伝えしましょう。














岩手県の山田町


三陸のゆたかな海の恵みを受けた漁業の町でした。

しかし、あの津波で、山田町は町ごとのみこまれて一変しました……


3月11日
間瀬(ませ)さんは家を流され、
自身が経営するスーパーも壊滅。


間瀬さんも、次の波がきたら絶対自分も死ぬ。
そう思ったそうです。



死と直面した間瀬さんはこのときはっきり気付きました。













人は死ぬ。














人はいつか必ず死ぬ。














でも、いま、自分は生きている……。

死と直面した間瀬さんは被災直後にこんな思いが湧き上がってきたそう。





「やらないと後悔する」

「やっておけばよかったって絶対言いたくない」

「あきらめたくない」









震災直後とえば
また余震がくるかもしれない。
また津波がくるかもしれない。
みなが何をしていいかわからないときです。




そんななか間瀬さんは

自分にいま何ができるんだろう。

何ができるんだ。

何をやらないといけないんだ。

一晩寝ずに考えていました。





間瀬さんの出した答えは


「スーパーの仕事とは
 山田町の冷蔵庫なんだ。
 だから何が何でも食料を確保する。
 いま、俺らがやらなくて誰がやるんだ」


すぐに盛岡に向かい
食料を確保して

なんと、震災後4日目には壊滅したスーパーの横の駐車場で
青空スーパーを開始したのです。
3月の岩手は、まだ震えるほどの寒さにもかかわらず外で始めたのです。




「なくなった人の分まで体を使おう。
 なくなった人の分まで頭を使おう。
 なくなった人の分まで心を使おう」



間瀬さんはその一心だったそうです。



3月11日スーパーびはん壊滅
わずか4日後の
3月15日スーパーびはん青空スーパーとして営業再開

そして
8月7日。建物も完成しスーパーびはん復活!


オープンした8月は
「びはんのための国道か?」
と言われるほどびはんへ向かう車で長蛇の列となりました。

町中が、びはんの復活を望んでいたのです。



わずか5ヶ月でスピード復活したスーパーびはん。

その背後には、どうしてもお盆までに再開したかった理由があるのです。


お盆は、亡くなった方へお花や団子や、お供え物が必ず必要になるからです。

だからスタッフ一丸となって5ヵ月間働きぬいた。





「山田町は必ず復興する」



間瀬さんはそう言っていました。











さて、昨日の山田町応援イベントの2次会。

誕生日の近い間瀬さんのお誕生日を祝ってました。

スタッフのさおちゃんも誕生日が近かったので
http://ameblo.jp/saography/

合わせてお祝いをしてまして
さおちゃんには、
みんなで、かわいいボトルのお酒をプレゼントしたんですね。


「ボトルがすごくかわいいので
 封を切りたくない」

ってさおちゃんがいいまして、
すると、隣にいた間瀬さんはなんて言ったと思いますか?





間瀬さんは笑いながらこう言ったんです。






「封をあけちゃえば?
 とっておくと、津波でもってかれちゃうよ(^^♪」











まさに、“いま”に後悔しない精神でした。





これがそのお酒。
ボトルをもってるのが間瀬慶蔵さんです。


http://twitpic.com/8dh4qw












追伸

間瀬さんは
2次会のあと、
ラーメンが食べたくなったそうで

夜の12時にひとり銀座でラーメン屋を探して食べたのだとか。






「やっておけばよかったって絶対言いたくない」


まさに、その言葉通りの男でした(笑)






ひすいこたろうでした(^^♪
hisuikotaro@hotmail.co.jp 
 ▲▲▲アリガ島▲▲▲







━━━━━━━━━山田町応援団


今後も山田町を皆様よろしくです!
http://yamadamachi.org/




最近はそうでもないですが。


以前は、


死はそんなに近くない、


何かあっても自分は生きているのでは?


なんて思っていた時もありましたが、


言葉で発するだけでなく、


なんとなく、


死は次の瞬間や明日にでも迫っているかもしれないと・・・・。


ほんまに少しですが実感として持てるようになった 気がします。^^;;


んであ、またあ




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