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特に報告することもないので、(笑)



禅語でも。(なんでやねん!(ははっ



今日は


廓然無聖(かくねんむしょう)


見たこともないし、読めんでしょう・・・・・・・・・・・・・・。 (僕もでした・・・・


意味は、


廓然とは雲ひとつない秋晴れのような空のこと、

聖とは宗教的に価値のあることを指します。

心が澄み渡って何も無いこと。

欲も不平不満も、自分の心を悩ますことは何も無い状態。

悟りを拓いて何かを得ようとする心さえ無い状態が仏教の教えの根本だそうです。

自分を責めることも、人を責めることもやめにしましょう。

良い人間になろうと何かを求めることもいらないのです。

ありのままを受け止め何もいらない…それが大事なんだよと教えてくれている言葉です。


スカーッと澄みきった心境。

「何も無い!!」

これが本当の「自由」、仏法の一番の境地。


だそうです。(引用させてもらいました。)


こういった心境、境地も目指したいとも思いますが。


僕はちょっと違います。


このような境地にいくには、やっぱり出世間(世間、実際の生活の場の外)での生活。


求道心(仏道を求める心)を持っての修業によると思います。


この境地を求めたかったら、ずっとお寺での生活を望んでたと思いますが、


僕は違うと思いました。


世間での日常生活と、仏教とを融合することによって、


人間らしさ や な感情を持ち合わせた 仏教者になりたいと妄想(笑)しております。


だもんで、


「何も無い」 と 「すべてが有る」


両方を持ちあわせた。


「有を含んだ無」


を実践できればと思います。


ちょっと何を言ってるかわかんなくなってないですよぉ・・・・・ねぇ?・・・・。(*≧m≦*)



んであ、またあ


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