2011/09 |  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 | 2011/11

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ここ2,3日雨が降りそうでしたが、


なんとか持ちこたえ。


本日は快晴。


週末に入ったこともあり、


どこもかしこも周りの田んぼで稲刈りをやっておりました。


見るぶんにはいいですよね~、


この風景。


まさに農村といった感じ。


自分達はきゅうりの収穫&出荷作業と大根の播種。


ここにきて、


収量がだいぶ落ちていたきゅうりが盛り返してきた。


天候や土、肥料、種、苗、水管理、栽培管理。


作物はいろんな事が敏感に反応することがなんとなくわかってきたが。


なぜなのか?


が、いまいちわかってないまだまだ研修生なもくねんです。



大丈夫なのか・・・・・・・。


それでは今日のメルマガ紹介ですけど、


ちょっと前のてんつくマンのメルマガ紹介。


んで、自分の中でもう一つ何か足りないと思っていたものが、


バチッとはまって、


この言葉だったのか~~~~。


と1人、悦に入った言葉を紹介。





三重の自分にほれちゃうワークショップ会場からワンダフルモーニング!

今、最高の絆が生まれる100人は最高のご飯を食べている。

なにが最高かと言うと気持ちがね。

鹿児島であるお寺に行った時のこと、住職さんがこう言った。

「私はいつもこれが最後だと思っているんです」

「最後?」

「はい、あなたにお茶を注がせていただくのはきっと最後。だから、心を込めて入れさせていただきます。もしも、よろしければ、今回の人生でおお茶飲むのは最後だと思って飲んで下さい」

そう言われるとお茶の飲み方が変わった。

においを楽しみ、色の美しさに感動し、味をしっかり噛み締めながら飲んだ。

お茶を一口飲むだけで、しあわせがゆっくり体の中に広がっていく感じがした。

それが人生で一番おいしいお茶だった。

今、100人の最高の仲間は、「これが人生で最後の食事だと思って食べてもらっている」

ごはん、みそ汁、肉団子、シャケ、卵焼き、ポテトサラダ。

本当に質素な食事かもしれない。

しかし、人生で最高の食事だったと感じれる人がいるかもしれない。

ぼくらはこうやって、意識をしないことでしあわせを放棄してることがいっぱいあるんやと思う。

目の前に子どもと一緒でいれるのは今日が最後かもしれない。

旦那さんが会社に行くけど、「いってらっしゃい」と言えるのは今日が最後かもしれない。

今日という一日が最後かもしれない。

ぼくらはきっと明日もあると思ってるし、来年も生きてると思っている。

ひょっとしたら20年とか、30年とかにも生きてると思っている。

それが当たり前だと思っている。

当たり前と思った時、人は感謝を放棄する。

本当にそれは当たり前なんやろうか?

奥さんがご飯を作ってくれる、お母さんがご飯や弁当を作ってくれる。

それを当たり前と決めつけたのは誰なんやろうか?

今日は人生最後の日。

そんな気持ちで一日を過ごしたら、今日の雨も愛おしくてしょうがないかもしれんね。

今日も最高の一日を自分に、自分の周りに、そして遠く離れた人に、そして世界に届けよう。

なんか叫びたくなって来た。

「愛してるよ~」




この内容は善通寺で生活してた時になんどか触れてました。


その後、”何か”足りない?


”何か”付け足せないかな?


と、


ず~~~~~~~っと思って早〇年。


先日のひすいこたろうさんのメルマガで


すとーーーーーん。


と落ちました。


胸のもやが晴れました^^


ありがとうございます。


では、これです。


「明日死ぬと思って生きなさい。
 

永遠に生きると思って学びなさい」byガンズィー



僕にはしっくりきました。(ははっ


んであ、またあ



       クリックよろしくぅ^^→人気ブログランキングへ

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。